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Column | 真木テキスタイルスタジオが紡ぐインドの織物

2025.10.25/ COLUMN
Column |  真木テキスタイルスタジオが紡ぐインドの織物

真木テキスタイルスタジオを知っていますか?

「手づくりだから良いという事ではなくて、心地よく、美しいものを追求してゆくと、結果そうなったんです」

 

これは、スタジオ主宰の真木千秋さんの言葉です。

1980年代から世界中を巡り、素材を探求してきた真木さんは、インドでタッサーシルクという野蚕(家畜化されていない野生の蚕)の糸に出会い、一気にその魅力に惹かれたと言います。

 

日本でのシルクといえば、農家が桑を栽培し、蚕を育て、白い繭からとれる細くて光沢のある糸を思い浮かべます。しかし、タッサーシルクはそれとは異なります。茶色く大きな繭から手で紡がれるタッサーシルクの糸は、自然のままの太さで不均一。絹でありながら麻に似たサラサラとした風合いが特徴です。

 

真木テキスタイルスタジオでは、このタッサーシルクをはじめ、家蚕やウール、麻、木綿など、さまざまな天然繊維を用いて布作りを行っています。しかし、真木テキスタイルにとって欠かせない存在がタッサーシルクです。この特別な糸から生まれる布は、独自の美しさと手触りを持っています。

 

2009年、スタジオは北インドのデラドゥンにganga工房を設立しました。さらに2017年には、世界的に知られるインドの建築家スタジオ・ムンバイのビジョイ・ジェイン氏の設計による新工房が完成しました。

 

この記事では、真木テキスタイルスタジオが手掛けるタッサーシルクの魅力、そして繭から糸を紡ぎ、天然染料で染め、手織機で布に織り上げるそのプロセスについて紹介します。

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真木千秋さんの来歴

 

真木千秋さんは富山県に生まれ、東京の武蔵野で育ちました。1981年、アメリカのロードアイランド造形大学在籍中に、テキスタイルアートの第一人者であるシーラ・ヒックス(Sheila Hicks)と出会いました。彼女の授業のアシスタントを務めたことがきっかけで、現在でも来日する度に通訳を任されるなど、深い関係を築いています。シーラ・ヒックスは、真木さんの作品を世界中の美術館に紹介するほどの信頼を寄せています。

 

また、イッセイ・ミヤケやコムデギャルソンの生地に感銘を受け、その作者であるテキスタイルプランナー・新井淳一氏へ手紙を書き綴った末、遂に出会うことが叶いました。以来、真木さんは新井氏から多くの指南を受けることになります。ロードアイランド造形大学卒業後はニューヨークでフリーのテキスタイルデザイナーとして活動し、1989年にインドで織り職人たちとの創作活動を始めました。その後、世界各国を旅しながら染織のルーツを探り、1990年に東京都五日市(現・あきる野市)に移り住んでMaki Textile Studioを立ち上げました。

 

現在は、1年の多くの時間をインドの工房(ganga maki) @gangamaki で過ごしています。真木さんが世界各国を訪れた際、生活の中で生きている染めと織りを体験し、「そこにある素材でつくることが、無駄がなくて美しい」と感じる中で、インドのタッサーシルクと出会い、「一目見た時から恋に落ちた」と言います。その頃から、素材を自己表現の手段とするのではなく、「この素材をどうやって生かそうか」という考えに変わっていったそうです。

 

このように、真木千秋さんの人生と作品には、彼女が出会った人々や素材への深い愛情と敬意が込められています。真木テキスタイルスタジオで生まれる作品は、その一つ一つが彼女の豊かな経験と感性を物語っています。

タッサーシルク、繭と糸

 

さて、真木テキスタイルスタジオを代表する素材といえば、タッサーシルクです。絹糸を作り出す蚕には大きく分けて家蚕(かさん)と野蚕(やさん)の2種類があります。家蚕は人が育てる蚕で、カイコ棚で養蚕されます。一方、野蚕は野生の蚕であり、まるで木の実のように小枝にぶら下がっていて、自然の中で採取されるものです。

 

タッサーシルクはインドの特産であり、代表的な品種にはダバ種とレイリー種があります。ダバ種は淡色でやわらかい繭を作り、半養蚕化されています。一方、レイリー種は天敵から身を守るために非常に硬い繭を作り、まったくの野生の繭です。タッサーシルクの糸は、それぞれの繭から丁寧に紡ぎ出され、真木テキスタイルスタジオの作品に独特の風合いと美しさをもたらしています。

タッサーシルクの蚕は、食べる葉に含まれるタンニンによって繭が褐色になる。

こうした繭から、多様な糸が紡がれます。

 

最も一般的なのは「生糸(きいと)」で、家蚕と同様に丸のままの繭から糸を引き出します。日本の品種改良された家蚕の繭では、1つの繭から約1500メートルの糸が採れ、最長の天然繊維とされていますが、タッサーシルクの場合は約800メートルです。

 

シルクと言えば繊細な織物で、洗濯はドライクリーニングに限るというのが一般的ですが、タッサーシルクは強靭で、自宅で洗濯ができるため、日常使いに適しています。

 

「真木テキスタイルスタジオのタッサーシルクは麻のようにハリがあり、質感もカリカリしています。これは、蚕が糸を出す際に一緒に分泌するベタッとした液を落とさずに使っているからです」とスタッフの大村恭子さんが説明します。絹糸を覆っているこの「セリシン」と呼ばれる物質は、通常、絹糸を染色する際の精練(せいれん)という工程で取り除かれます。セリシンを除去しないと、絹糸に染料が浸透せず、絹独特の発色性としなやかさが出ません。しかし、真木テキスタイルスタジオでは、このセリシンを残したまま使用することで独自の風合いを生み出しています。ちなみに最近の研究では、このセリシンはアミノ酸タンパク質で、人間の肌に含まれる成分に極めて近い組成であり、理想的な天然保湿成分として注目されています。

 

例えばストールにおいても、最初はハリがあっても、使い込むうちに柔らかくなり、艶やかさが増していきます。数年使って初めて、そのシルクの真価が感じられるのです。

糸表面の「セリシン」を除去せずに、ゆらゆらした糸の風合いを生かしたタペストリー

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ギッチャ糸
真木テキスタイルスタジオで最もよく使われる糸はギッチャ糸です。これは、蛾が孵化したり、猿や鳥などの天敵に食べられ、穴が開いたために生糸が採れないクズ繭(出殻・でがら)から紡がれます。煮沸して中のサナギを殺すことがないため、別名「無殺生シルク」とも呼ばれます。光沢のある小麦色で、繭の品種や個体差により色の濃淡が異なります。また、手作業で紡がれるため、紡ぎ手によって太さや風合いも異なり、染色を施さずに天然の色を生かして使用します。繭から手でズリ出され、ほとんど撚りもかけられていないため、軽くてサラサラした独特の風合いが生まれ、自然そのままを感じさせます。

ナーシ糸

ナーシ糸と呼ばれる変わった糸も作られます。タッサーシルクの繭には木にぶら下がるための細長い棒状の柄がついており、繭から生糸やギッチャ糸を引いた後、この部分が残ります。インドの人々はそれも無駄にしません。これを何千も集めて釜で煮て紡ぎ、糸にします。タッサー繭の中でも一番色が濃い部分なので、焦げ茶色の糸ができます。繭本体部分とは風合いが異なり、繊維も短く、縮れているので、よく撚りをかけないと糸になりません。ウールのように綿状にしてから手で紡ぐため、出来上がる糸は太さがまちまちで、色も濃淡がそれぞれ異なります。布にして使い込むと光沢が増し、独特の味わいが出てくるこの糸は、真木テキスタイルでも好んで使われます。

 

ナーシはギッチャ以上にベーシックな糸であり、インドでは通常、ナーシ100%の布は織られません。ズタ袋のような雰囲気になってしまうからです。しかし、真木テキスタイルではあえてナーシ100%の織物に挑戦し、その独自の風合いを楽しんでいます。


カティア糸

さらに、タッサーシルク繭から生糸を取る際に出る操糸クズから紡がれるカティア糸があります。例えば、最初に糸口を探すときにざっくり引き剥がした一番外側の部分や、もう生糸が引けない一番内側の部分から作られます。紡ぎ手によって多種多様なカティア糸が生まれ、タッサー繭の色も多様なので色もいろいろです。真木テキスタイルでは、ギッチャ糸やナーシ糸と並んでお気に入りの糸となっています。

 

これらの繭をインドでは漂白して家蚕の代用とすることが多いですが、真木テキスタイルでは濃淡のある褐色の糸をそのまま使用し、素材そのものの美しさを最大限に生かしています。

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右下のクッションがナーシ糸100%、その上がカティア糸100%、その他はコットンxタッサーシルク。

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タペストリー"dancing basho" 素材は芭蕉、苧麻、ビーマル。

タッサーシルク以外の糸

 

真木テキスタイルスタジオでは、タッサーシルク以外にもさまざまな糸を使用しています。例えば、インド西部ベンガル産の黄繭糸(家蚕種)は、その一つです。この糸は原種に近く、繭の大きさは小指の先ほどしかありません。吐き出す繊維が通常の家蚕に比べて非常に細いため、その繊維を引き揃えて撚りをかけ、さらに逆撚りして細く強く、しなやかな糸を作り出します。真木テキスタイルでは、この糸のセリシン(保護層のニカワ質)を除去せず、そのままで染め、織り上げます。使うごとに風合いが柔らかくなりながらも、くたっとはならず、初めはシャリシャリして立体的な使い方を楽しめ、その後は芯のあるしなやかな感じへと変わり、長く愛用できるのが特徴です。

 

さらに、真木テキスタイルではエリ蚕やムガ蚕の糸、上州群馬・赤城山麓で昔ながらに手で引かれる生糸「赤城の座繰り糸」なども使用しています。赤城の座繰り糸は、真木テキスタイルのストールには欠かせない糸であり、その質感と風合いが作品に独自の魅力を加えています。

 

シルク以外にも、真木テキスタイルスタジオではヒマラヤウールやカシミヤ、コットンなどの天然素材を用いています。ヒマラヤウールとは、ヒマラヤ在来のクンナ種とメリノ種を交配させたハーシル・クロス種の羊毛で、野性味のあるウールです。このウールは、毛狩りの時から糸の風合いを想像し見極めて、紡ぎ、時に染め、織り、さらに余分な繊維を"むしり"、たたき、洗い上げるといった手間暇をかけて布に仕上げられます。

 

真木テキスタイルスタジオの作品には、これらの多様な糸と素材が織りなす豊かな表情と手触りが詰まっています。それぞれの素材の特性を最大限に引き出し、長く愛用できる一品として仕上げられているのです。

これは芭蕉の糸。ganga工房の敷地内で栽培し、様々な作業を経てようやく糸状になったものを績んでいく。一本一本を繋げる気の遠くなる作業だ。

染め

 

真木テキスタイルスタジオの糸は、自然のままの色を生かすだけでなく、インドや日本の天然染料を使って染められています。藍、ザクロの皮、蘇芳、茜、夜香木、マリーゴールドなどが用いられ、糸の種類や媒染方法によって生まれる色や風合いが異なります。

 

ganga工房では、敷地内で育てた藍を甕で発酵させた藍染めの染料も使用しています。これにより、自然との調和を感じさせる深い藍色が生まれます。天然染料を使用することで、環境に優しいだけでなく、時を経るごとに味わいが増す独特の色合いが作品に宿ります。

染めの素材

織物の仕立て

 

織物というと女性の仕事というイメージがありますが、インドでは織りは伝統的に男性の仕事です。真木千秋さんがスケッチやアイディアを描き、それを織師たちが形にします。ウールやカシミヤ専門の織師、ジャガード織りが得意な織師など、さまざまな技術を持つ織師が揃っています。

 

真木さんは、それぞれの織師の個性や得意分野に合わせて布の依頼をします。20年以上にわたって真木さんの織物を手掛けているベテランの織師も多く、その技術と経験が真木テキスタイルスタジオの織物に独特の魅力を与えています。

機織り機は、インドの伝統的なものを使っている。今ではインド国内でも少ないそうだ。

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女性は、繭から糸をズリ出す工程や、紡ぎ、糸巻き、仕上げなどを担当している。

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織り上がった布は、タペストリーやストールとしてそのまま製品になるだけでなく、クッションやバッグ、衣類にも仕立てられます。紡ぎ、染め、織りと、多くの時間と手間をかけて出来上がった布を少しでも無駄にしないために、真木テキスタイルスタジオではさまざまな工夫がされています。

 

例えば、織りの段階で頭や腕を通す穴を開けておけば、後から布を切る必要がなく、糸の無駄も出ません。それでも出たハギレは繋げて一枚の布にしたり、残った糸を1年間ためて残糸織として反物にするなど、自然から得た恵みを余すことなく使い切ります。

 

こうした工夫と心配りが、真木テキスタイルスタジオの製品に独特の温かみと持続可能な魅力を与えています。

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ganga工房の敷地の中に建つギャラリー

Ganga Maki Textile Studio

 

真木テキスタイルスタジオの布が生み出されるインドの拠点「Ganga Maki Textile Studio」@gangamaki は、北インドのガンジス川(ガンガ)の源流、ヒマラヤ山脈の麓に位置しています。世界的に知られるインドの建築家ビジョイ・ジェインが主宰する「スタジオ・ムンバイ」により手掛けられ、約3年の工期を経て2017年に新工房が完成しました。約4000坪の敷地には、織りや仕上げが行われる4棟の工房を中心に、染めや洗いの工房、ギャラリー、食堂、住居棟、藍や糸芭蕉の畑などが木々の中に配されています。

 

真木千秋さんは、インドの伝統と素材を活かして現代的な織物を作るデザイナーであり、その信念に共鳴する建築家ビジョイ・ジェインに新しい工房の設計を依頼しました。真木さんが課した条件の一つは、「全て自然素材を使うこと」。土や石、竹、茅、漆喰などを用い、整地の段階から建物の建設まで、すべての工程は重機を使わず人の手によって行われました。敷地に元々生えていた樹木はほぼ全て残され、整地の際に掘り出した土や石も全て再利用されています。

 

現在、約40名のスタッフが働いているこの工房は、自然と調和した空間で、真木テキスタイルスタジオの織物が丁寧に作られています。

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「手づくりだからいい、という感覚ではやりたくないんです」

 

「より心地よくて、より気持ちのいいもの、美しいものをつくりたい、完成度は高くしたい」と常に追求しています。それを追求していくと、自然に天然素材や手作りに行き着くのです。

 

手紡ぎの糸は、その風合いだけでなく、丈夫さも特徴です。手紡ぎのタッサーシルクは水洗いが一番で、使ううちに不要な成分が落ちてきます。手で丁寧に紡いだ苧麻の糸も、使うほどに毛羽がなくなり、滑らかになります。

 

草木染めは色があせると言われますが、「季節が移り変わるように色が変わり、彩度が落ちてより美しくなるのを楽しめる」と真木さんは言います。

 

真木さんは、自分がデザイナーと呼ばれることに違和感を感じています。「ゆったりと自然体で生きて、その中からいいものが生まれてくれば……というのが理想です。」アメリカでテキスタイルを学んでいた頃、「織りはすべて自己表現」だと教わりましたが、真木さんにとって最も心地よかったのは、織っている最中に自己が消え去り、無我の境地に浸った時でした。そんな時に織り上がった布が、一番美しかったのです。

 

「使って気持ちいいもの、いつもそばに置いておきたいものをできるだけ世の中に生み出したい。そのためには、自分一人でやるよりも、いろんな人を巻き込んでやったほうがおもしろい」そうして生まれたのが真木テキスタイルスタジオでした。「チアキが作るものが心地いいのは、そこに『自己表現』という要素がないからだろう。いわば『つくりたい』エネルギーによる偶然の産物なのだ」と、共同経営者である田中ぱるばさんも語ります。

参考文献
・コンフォルト 30号(1997年10月号)
・コンフォルト 156号(2017年6月号)
・市民出版社「タッサーシルクのぼんぼんパンツ」田中ぱるば

真木千秋 / Chiaki Maki

[Instagram @chiakimaki  @gangamaki ]

真木テキスタイルスタジオ主宰。日本とアメリカでテキスタイルを学んだ後、世界各国を旅して染織のルーツを探る。1986年、インドのタッサーシルクに出会い、その魅力に惹かれてデリーの工房と協力し織物づくりを開始。西表島の石垣昭子さんと共に芭蕉布や苧麻、沖縄の染料を用いた織物も手がける。

1996年に真木テキスタイルスタジオ青山店をオープンし、2006年には東京武蔵五日市市に竹林shopをオープン。2009年にはインド北部のデラドンに直営工房を設立し、2017年にはインドの建築家スタジオ・ムンバイによる新工房が完成した。

現在、真木さんは1年の半分以上をインドで過ごし、制作活動を行っている。

 

 

真木テキスタイルスタジオ HP

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Written by 51% Store
51% Storeは、富山と東京に実店舗を構えるライフスタイルショップ。家具や照明、カーテン、ラグ、アート、器など暮らしに関わるプロダクトを取り扱っています。流行に左右されないタイムレスで心踊るデザインを探し続けています。